長谷川の教育論[1]

● 前回、私は勉強は「学力」と「人格」を向上させるための訓練だと説いた。そして、学力とは「まなぶ力のことだ」とも…。

以前、ある中学生が私に聞いた。「こんな数学の公式覚えて、何の役に立つの?」多くの中学生が持つ疑問である。その時の私の答えは明確である。「まったく役に立たないよ」当の生徒が目を丸くして聞き返した。「えっ、じゃあ何の役にも立たないものを苦労して勉強しているの?」同じ感想を持つ生徒が大半だろう。確かに、その気持ちは理解する。しかし、私が続けた説明を聞いてほしい。

「そう、役に立たない公式を覚えているんだよ。でも、考えてほしい。中学生が理解できるような公式や知識が、将来の世の中を進歩させる力になるはずがないだろう?本当に『世のため人のため』に役立つ知識や技能は、もっと先に学ぶんだ。ところが、その知識や技能を身に付けるためには、今、学んでいる公式が絶対に必要だ。足算ができない中学生が方程式を解けるとは思わないだろう?それと同じように、中学生のうちに学ぶ内容を身に付けなければ、将来に学ぶ本当に必要な知識や技能を身に付けることはできない。だから今、数学の公式は覚えなければならないんだ」

学力とは「まなぶ力」である。学びたいこと、学ばねばならないことがあった時、自らの力で学ぶことができる能力、それが学力だ。足算ができない子が方程式を学ぶことはできない。同様に、方程式が理解できない人は量子分析学を学ぶことはできない。魏志倭人伝を知らない人は、弥生時代の民俗学を学ぶことはできないのである。

こうして考えてみると、基礎的知識も学力の一部であることが分かる。「詰め込み教育」「暗記教育」に対する批判が長く続いてきたが、必要なものは詰め込みでも丸暗記でも…学力向上のためには習得しなければならないのだ。我々日本人は「ににんがし、にさんがろく」と九九を暗記してきた。そのため、計算機を使わなくても簡単な計算ができる。戦後、日本に駐留したアメリカ人が驚いたのは、「タバコ屋のおばあさんでも暗算でお釣りを計算する」という国民の知的レベルの高さだった。今、IT業界で世界を席巻しているインドでは、99×99まで暗記する教育がなされている。不必要なことまで覚えようと言うのではない。少なくとも、中学時代までに学ぶことの中に、不必要なものは一切ないと断言できる。

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