長谷川の教育論[19]

● いよいよ受験シーズンのクライマックス、公立高校の受験日を迎える。全ての受験生に幸あれと祈らずにはいられない。私は常々、「行った学校の名前で人生は変わらない。そこに行くために努力をしたかどうかで人生は大きく変わる」と主張してきた。その思いに間違いはないと確信している。それでも、間近に生徒たちの努力を見てきた者として、その努力が報われることを願わずにはいられない。人の理念と感情は常に矛盾した存在である。

 ただ、我々子供を取り巻く大人たち、特に指導者としては、冷静な対処が求められるのも事実である。その合否結果が出たとき、どんな言葉を掛け、どんな行動を促すか。子供たちの成長は、まさに「その時」に掛かっているのであり、我々指導者の役割は大きい。

 人の成長は「竹」の生長に似ている。節目を超えると一気に竹は生長する。人も同じである。そして、その節目である試練が過酷であればあるほど、それを乗り越えた後の成長は大きい。「かわいい子には旅をさせろ」「苦労は買ってでもせよ」という格言は、その後の成長を見越したものであろう。大切なことは、その節目(試練)を乗り越えることである。人は時として弱く、脆いものである。その試練に跳ね返され、挫折し、立ち上がれなくなることもある。そうした時、保護者である「あなた」の役目が生まれる。どうしても指導者(教育者)では立ち入れない領域に保護者は踏み込み、その真ん中で傷つき病んでいるBeing(心・魂)を温かく包み込み、再生させることができるのは「親」だけだ。そうして再生の道を歩み始めた子供は大丈夫である。次の試練、大学入試に向かって力強く向かっていくことだろう。そこにあるのは、試練を乗り越えて大きく成長した子供の姿である。そして、彼らが次の戦いに向けた武器を取得するための全てが京進スクールワン吉野町教室には揃っている。1人の人間を育てるということは、こうした保護者と指導者の役割分担、連携が不可欠である。
 彼らが登ってきた坂は、大人から見れば小さな坂なのかもしれない。登りきった向こうに見えるのも小さな雲なのだろう。しかし、生まれて初めて自分の力で坂を登りきり、眺めた別世界の風景を、彼らは一生の財産として忘れることはないだろう。それが、彼らが過酷な受験生活を通して得ることができる報酬である。結果に関わらず「自らに恥じることがない瞬間」を感じることが、人生の報酬そのものなのだ。

戻る




問い合わせ3

電話番号 0120-37-5933
FAX 045 - 330 - 6074
受付時間 10:00~21:00/日・祝除く