長谷川の教育論[2]

● 勉強とは何のためにするのか。1つは言うまでもなく学力向上のためだ。そして、もう1つは人格向上のためだと言った。かつてオウム真理教事件があったとき、勉強することが「悪」のように言われた。曰く、勉強ばかりしていると人格が歪む…高学歴の若者がオウムに傾倒し、サリンまで作ってしまったのだから、そうした批判が出てくることは仕方がない。しかし、それは短絡的な批判だ。もし、勉強することで人格が歪むのならば、東大生は皆、人格破壊者になってしまう。そんなことはあり得ない。勉強で人格が歪むことは絶対にない。問題は、勉強中毒にかかってはいけないということだ。大人に仕事中毒があるように、勉強中毒という病(やまい)がある。勉強をしていないと不安で仕方がないという精神病の一種だ。周りの大人からは「勉強熱心な真面目な子」と評価されるかもしれないが、これは危険な状態だ。
 そもそも、勉強とは「強いて勉める」ことだ。解りやすく言えば「無理やり頑張る」の意だ。嫌だけれど、辛いけれど1日2時間の学習を「歯をくいしばって」頑張ることだ。そうした行為ならば、どれだけ時間を費やそうとも人格を向上させることはあっても歪めることは絶対にない。人は、好きなことだけをやっていると「歪む」ようにできている。ゲームや漫画が悪影響を与えるのも、それが好きで中毒になってしまうからだ。大好きだからと言って、肉ばかり食べていたら不健康になるのと同じだ。
 塾生諸君、勉強が嫌いでいい。それが健全なのだ。嫌いで辛いからこそ君を鍛え、成長させてくれる。甲子園に出場する選手達に聞けば、誰もが練習は辛いと答える。何度も「今日は練習をサボろう」と考えると言う。それが健全な姿だ。だからこそ、辛い練習の成果が感じ取れた時、(例えばレギュラーになった時、ヒットを打ったとき、勝利を得た時…様々あるだろうが)掛け替えのない喜びを感じることが出来る。それは、草野球の楽しさとは次元の違うものだ。自らの成長を実感できる喜びだ。
 今、君たちの前には辛い勉強がある。もしかしたら、塾に通うのを躊躇する日もあるかもしれない。それでも「歯をくいしばって」来てほしい。甲子園球児が辛い練習に挑むように。その先に必ず自らの成長があり、掛け替えのない喜びがある。食べる物や着る物は両親から与えてもらうことができる。しかし、自らの成長とその喜びは、自らの力で勝ち取るしか方法はない。

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