長谷川の教育論[21]

● 日々の努力が大切である…言うまでもないことであり、子供たちにとっては聞き飽きたセリフだろう。それなのに、なかなか実感として掴むことができない。そこで我々指導者は様々な工夫をする。先月号で0.1ミリメートルの新聞紙を折り畳む話をしたが、こんな例えを使うこともある。
 「毎日、ほんの少し努力するのと、ほんの少し怠けるのは、例えば1年後、どれくらいの違いを生むでしょう。分かりやすく「長さ」で表してみます。1メートルを基準にしてみます。ほんの少し頑張ることを1.01メートル、ほんの少し手を抜くことを0.99メートルで表現します。このままだと、見た目の違いに気付く人はいないでしょう。ところが…1年365日を積算してみます。0.99メートル×0.99メートル…これを365回続けると、何と長さは3センチメートルまで縮んでしまいます。逆に、1.01メートル×1.01メートル…これを365回続けると、長さは37メートルを超えます。1200倍以上の差が付くのです」
 もちろん、努力の積算を長さで表すことはナンセンスだ。しかし、そのことによって子供たちが努力の大切さを少しでも認識してくれるのならば、そのレトリックは正解だということになる。何度も繰り返すが、教育には正解がない。それによって子供たちが変われば正解だし、何の変化ももたらさなければ、どんな高尚な話でも不正解だ。
 親として、勉強もせずにゲームばかりに熱中する我が子に「勉強しなさい!」と言いたくなるのは自然だ。しかし、そのセリフで我が子が勉強しないのならば、その手法は不正解ということになる。つまり、事実や論理、理屈が合っていることが全て正解というわけではないというのが教育の難しさなのだ。なぜなら、相手は機械や道具ではなく感情を持った『人間』なのだから。
 そこで1つ、保護者の皆さんにヒントを差し上げる。YOUメッセッージをIメッセージに変えてみるのだ。同じ現象を、主語を「あなた」から「私」に変えて表現することだ。上記の例で言うと、「あなたが勉強しないと、私(お母さん)は悲しい」「あなたが勉強している姿を見ると、私は嬉しい」と表現する。前者より後者の方が効果的だろう。人は誰でも、「自分の好きな人に喜んでもらいたい」という感情を持っている。そして、喜んでくれることで、その人をますます好きになる。そう、子供たちから恨まれるのは、我々指導者だけで充分である。もっとも、私も20年後には感謝されたいという希望はあるが…。

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