長谷川の教育論[5]

● 教育を考える時、私は吉田松陰を想起する。現在の山口県で松下村塾を開き、明治の元勲たちを輩出した教育者だ。全ての歴史教科書に登場する著名人と言っていいだろう。ところで、客観的に見た松蔭のプロフィールは何だろう。「時の法律を破って死刑になった罪人」というのが正確な表現だ。当時の法律では「国抜け」=死刑である。実際、安政の大獄で彼は処刑されている。本来ならば、教科書に載るような人物ではない。ところが、彼が蟄居中に開いた松下村塾からはキラ星のごとく偉大な人物が輩出されている。久坂玄端、高杉晋作、木戸孝允(桂小五郎)、伊藤博文、山県有朋…こうした幕末・明治の偉人達の功績によって、彼らの師という立場によって、吉田松陰の名前は後世に伝えられることとなった。
 日本の最大の転換期を問われれば、誰もが明治維新と答えるだろう。ところが、歴史的大転換の明治維新を成し遂げたのは、(討幕派・佐幕派を含め)ほんの2%の日本人だった。ほとんどの日本人は大政奉還の日も、天朝様が替わったことも知らず、昨日と変わらず畑仕事をしていた…しかし、日本社会は大きく変わった。そのエネルギーの発祥地は、たった一人の下流武士(家禄26石の家柄の出)であり教育者だった吉田松陰の辞世の句「身はたとひ 武蔵の野辺に朽ちぬとも 留め置かまし 大和魂」だった。

 その大偉業の日、松蔭はこの世にいない…

 私は教育とはそのようなものだと考える。30年後、50年後の日本のために我々は存在する。私の「今」が50年後に花開くとは限らない。花開いたとしても、その頃の私はこの世にいない。それでいいのだ。私の名前が教科書に載ることはない。きっと、塾生たちの記憶に残ることも少ないだろう。それでも、私は教育(学習指導)を通して未来の日本社会を変えていく。そのために、目の前にいる生徒の人生を変える努力を惜しまない。全ての保護者に伝えたい。我々大人が子ども達に接する時に必要なのは…ゆずり葉の心である。全てを託してそっと散っていく「ゆずり葉」…私は、教育の端くれに立つ者として、ゆずり葉の心を持ち続けたいと願う。それが、敬愛する吉田松陰から学んだ教育の極意である。

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