あの頃の生き方を、忘れないで

今日は、口コミだけで日本一読まれている「みやざき中央新聞」掲載記事を取り上げてみます。

私は2年前から、この新聞の大ファンです。

いつも心にしみる記事を提供してくれているからです。

今回、表題にあるとおり、一人の少女が夢をひたすら追って1歩1歩実現したその間のドキュメンタリーを扱った記事がとても良かったので紹介します。

2569号(2014/09/08)社説
魂の編集長 水谷謹人
 誰でも子どもの頃に、親や先生から「将来何になりたい?」とか、「将来の夢は?」なんて聞かれたことがあるだろう。

 多くの人は深く考えもせず、漠然とした憧れを口にしたのではないだろうか。「プロ野球選手」とか、「ケーキ屋さん」とか。

 1991年3月、新潟県の山あいにある小さな小学校の卒業式。取材に行った地元テレビ局の報道記者・時田美昭さんも、卒業生に将来の夢を聞いた。

 その年の卒業生は3人。マスコミの取材に男の子は「おもちゃ屋さん」、女の子たちはそれぞれ「サルまわしの調教師」「牛のお医者さん」と答えた。

 「サルまわしの調教師なんて面白いなぁ」と時田さんは思ったが、それ以上の関心はなかった。彼は、児童数が年々減っていく過疎の村の小学校が廃校になるまでを密着取材していたのだった。

 その小学校には強烈な話題性があった。その3人が小学3年生に進級した87年、新入生がいなかった。かつて100人近い児童で賑わっていたその小学校も、9人にまで減っていた。 

 「子どもたちに申し訳ない」、校長先生はどこかに新入生はいないか探しまわった。そして見つけた。子牛3頭。

 入学式は、地域の人や地元マスコミの取材で大いに賑わった。

 校長先生は9人の児童と大切な約束をした。「牛の体重が400㌔になったら家畜市場に出荷する」。牛たちはそこで競売に掛けられ、その後は食肉になることをしっかり伝えた。

 牛は、運動会などの学校行事にも参加した。日曜日も誰かが登校してエサをやった。シッポを掴むと蹴られると言われていたが、シッポを掴んで散歩する子もいた。それくらい牛と信頼関係ができた。

 牛の「卒業式」は意外と早く訪れた。年度内に400㌔になってしまったのだ。
 「卒業式」の日、子どもたちは、一生分の涙を流したのではないかと思われるほど、泣いた。

 翌日、子どもたちは家畜市場にいた。落札する人に一つの条件を付けていたのだ。「落札は3頭一緒に」と。

 3頭は最高値が付いた。落札した男性は「3頭一緒ということで高くついたけど、仕方がねぇべな」と笑った。そんな映像が地元のニュース番組で流れた。

 平成4年、児童数4人になった莇平小学校は廃校になった。そこでテレビ局の密着取材も終わるはずだった。

 数年後、時田さんはあの3人の「今」を知った。一人はJAの職員になり、一人は保育士を目指していた。あの時の「将来の夢」とは違った道を歩んでいた。

 3人目は、親元を離れて遠くの進学校に通うために下宿しているとのことだった。母親に話を聞いたら、「岩手大学の獣医学科を目指している」という。

 そういえばあの時、「夢は牛のお医者さん」と答えた子がいたことを思い出した。高橋知美さんだった。牛のシッポを掴んで散歩させていた女の子だ。

 テレビマンとしての血が騒いだ。「彼女が夢を実現するまで追いかけよう」

 都会の進学校に入学した最初のテストで成績が最下位だった知美さんは、「3年間テレビを見ない」と決意し、猛勉強していた。「私立には行けない。浪人はしない。国立に落ちたら夢は諦める」という覚悟があった。

 大学受験、国家試験、結婚、出産、時田さんは知美さんを撮り続けた。気が付いたら「牛の入学式」から26年が経っていた。「この記録を新潟だけのテレビ番組にしておくのはもったいない」と映画化に踏み切り、今年、全国で上映された。タイトルは『夢は牛のお医者さん』

 映画の後半、ヘリに乗った26歳の知美さんの姿があった。04年に起きた新潟・中越地震で、山古志村に置き去りにされた牛たちを救出に行くボランティアの中にいた。まだ若いが、畜産農家から頼りにされる獣医師の顔になっていた。

 エンディングにユーミンの『卒業写真』が流れた。「あの頃の生き方を、あなたは忘れないで~」という歌詞が、心に染みた。

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いかがですか?
夢を持ち続けてひたすら頑張る愚直な決意は素晴らしい。

とかく現実的になって、昔幼い頃に描いた夢など忘れてしまう風潮があります。幼い頃の夢は、未だ世界が限られた中での話しです。

生徒達よ!高校・大学進学するもよし、高校卒業して社会に出て働くもよし、いずれにしても君たちの世界を少しずつ広げ、自分にとって将来の実現させるべき夢を持とう!そしてその夢の実現に向かって,愚直に生きよう。そうすれば日々毎日の生活が変わる。